元 Jリーガーが挑む移動メロンパン販売 / 東北フーズショップ企業組合

この記事はに専門家 によって監修されました。

執筆者: ドリームゲート事務局

東北フーズショップ企業組合 代表理事 山田隆弘さん自らのスキルと、類まれなる才能を武器に活躍するプロスポーツの世界。

選手生命を終え、解説者やタレントとして活動する人がいる一方で、
起業・独立 を果たし、まったく異なるジャンルで頑張るアスリートもいる。

元プロ・サッカープレイヤー、山田隆裕さんもそのひとり。
ベガルタ仙台のJ1リーグ昇格に貢献し、日本代表として世界を舞台に
戦ったこともある山田さんが、なぜ起業に至ったのだろうか。
その背景を紐解いてみよう。

【サッカーが生んだ、起業の萌芽】

山田さんがサッカーと出合ったのは、小学生のころ。
親の仕事の関係で、サッカーの聖地、静岡県に引っ越したことがきっかけだった。
実家はいくつもの会社を経営する、いわば大富豪。
経済的にも恵まれ、穏やかな日々のなか、彼は幼少時代の多くをサッカーに費やしていた。
しかし、山田さんが中学に入学してまもな く、事態は急速に一変する。

「中1の時、父が失踪したんです。経営する会社で、大きな負債を抱えたことに、責任を感じたんだと思いますが……」

家や会社を手放した。それでも何億円という借金が残った。
当時中学生だった山田さん本人も、学校の部活動が終わるとアルバイトをしなければならないという厳しい日々が続いた。

高校への入学資金すら危ぶまれ、半ば進学をあきらめかけていた山田さんの元へ、
サッカーの名門・清水商業高校の監督が訪問。
中学時代の山田の活躍を聞きつけ、入学資金の免除を条件に、
山田さんを特待生として迎え入れる話を持ちかけたのだ。
それが、プロへの入り口だった。

メ キメキと実力をつけていった山田さんは、高校卒業後、日産(現横浜 F・マリノス)に入団。
その後、チームを移籍し、オリンピック日本代表にも選ばれるなど、プロとしてMFの実力を遺憾なく発揮していった。
しかしながら、 頭の片隅では、現役引退後の不安がよぎり始める。

山田さんが入団した当時、まだ Jリーグは存在せず、同じアスリートの野球選手に比べて年俸も低かった。
「自分にとってサッカーは、母、おばあちゃん、姉、残された家族の生活を支えるための、ひとつの手段だったんです」
と、今その本心を語る。

「アスリートが現役で活躍できる期間は、一生のあいだでもほんのわずか。
引退後の人生について考えたとき、何のノウハウも経験も持ち合わせていない僕に、
起業という選択肢が自然に浮かんできました」  

【現役時代から、起業への準備】

チームの勝利のために戦いながらも、チーム内では同僚とのレギュラー争いの毎日。
本来、頭の中をサッカー一色にして練習に打ち込まなければならない立場だったが、
山田さんはどうしても現役引退後の不安を頭から拭い去ることができずにいた。

試合の移動時間の合間を縫って、新幹線の中でマーケティングの本を読み漁った。
休日は起業家たちと交流を持ち、経営者の講演会にも足を運んだ。
彼は、そんな当時を振り返り
「他の選手から見たら、変なやつだったと思いますよ」
と笑う。

気がつけば、サッカー以上に膨らんだ起業への思いを、もはや彼自身も止めることができなくなっていた。
そして、山田さんは引退への決意を固めた。

引退後も、積極的にセミナー・講演会に参加し、新たなビジネスを模索した。
そんなある日、自身の故郷である大阪で、友人が携わる移動メロンパン販売と出合う。

「当時は、現在のように移動販売は一般的ではなかったけど、
『これは全国的に流行る』と直感的に思いましたね。
この事業を手掛けたいと思ったんです」

山田さんは開業場所として東北を選んだ。
仙台のチームに所属していて土地勘があったこともあるが、

「『東北はベンチャーが育たない』といわれていたから、殴りこみをかけたかった。
なにより、前人未到の地を開拓したい。
前例の無い移動メロンパンビジネスで成功を収めることに、強い興味を感じたんです」

彼のもとには、サッカースクールの経営をやらないかとの誘いもあったという。
成功する自信はあったものの、まったく別の世界で自分の力を試してみたかった。

こうして、移動メロンパン販売「メロンちゃん」を開業。
東北地方でのフランチャイズ本部をつくり、代表理事としてスタートしたのだった。

【目ざすは東北・北海道制覇】

「東北では前例がなかったビジネスだけに、最初はどこの出店希望地に移動販売の交渉をしても半信半疑。
だから、『 1日 1,000個、絶対に売ります!もし売れなかったらやめます!』っていう約束のもと、
出店させてもらったんですよ(笑)」

もちろん、その口約は実現された。目新しさと的確な出店場所の選定が功を奏したのだ。
噂を聞きつけ、たくさんのフランチャイズオーナー希望者が集まり、開業 4ヵ月にして11店舗を展開した。

「今まで 100名以上のオーナー希望者の方と、お会いしてきました。
必ず自分で面接するようにしているんです。
まったくの他業種から起業・独立した僕を信頼して、集まってくれる人たちに本当に感謝しています。」

「サッカーをやっているときは、どんなポジションであれ、
いかに自分がゲームの主役になれるかばかりを考えていたけれど、今は違う。
裏方として、いかに主役を育てることができるか。
みんなをサポートできるかが問われているんです」

また山田さんは、
「今後は仙台を中心に、東北他県、北海道と拡大していきたい」
とその意気込みを語る。

【山田 隆弘さんプロフィール】
大阪市生まれ。
サッカーの名門、清水市立商業高校卒業後、91年日産(現横浜 F・マリノス)へ入団、同年オリンピック代表にも選出される。
京都パープルサンガ、ヴェルディ川崎への移籍を経て、一時引退。
その後、ベガルタ仙台に入団 し、同チームをJ1リーグ昇格へと導く。
2003年 7月正式に引退。
同年11月、東北フーズショップ企業組合を創業。代表理事。
【企業データ】

東北フーズショップ企業組合
事業内容 :  移動メロンパン販売

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