第101回 株式会社アースホールディングス 國分利治 4

トップ

大型サロンと独自のFCシステムで急成長!
100人の経営者を育てることが今の夢

<30歳で最初のサロンを構える>
創業から5年ほどは低空飛行を続けるも、37歳、アメリカ視察旅行でチャンスを見出す!

 最初の店は、東京・青砥(葛飾区)にある20坪ほどの居抜きサロン。保証金や内装費などを含め約500万円ほどで開業しています。入り口の上に、ボロボロのテントがかかっていたのですが、かっこ悪いので取り外し、骨組みむき出しのまま営業していました。もともと多店舗化していく計画でしたので、その年に2店舗目を出して、5年目には4店舗まで店舗数を増やしています。すべて20坪くらいの小規模サロンです。この当時の全店合わせた年商が1億円くらい。私の年収が600万から800万円くらいだったでしょうか。35歳で4つのサロンのオーナーといえば聞こえがいいかもしれません。しかし、当初の目標は20店舗、年収2000万円。独立前に17店舗を立ち上げた実績から、楽勝だろうと考えていたんです。それがこの程度かと……。この頃の私はかなり焦っていました。

 まず、人がなかなか定着してくれないんです。もちろん、スタッフが長続きしてくれるようコミュニケーションをしっかり取るなど様々な努力を続けていました。それでも若い子は理由もなく、急に店に来なくなる。また、美容師としてしっかり技術を身につけて、そろそろ店長に抜擢かと思い始めた3年目くらいのスタッフが、「オーナー、独立します」と店を去っていく。水商売と似ているなあと……。少人数のサロンで、スタッフがひとりいなくなるのは相当な痛手です。もちろん、前に勤務していたサロンでも人の出入りは激しかった。そもそも、これは美容業界全体が抱えている悩みなんですね。「どうすればこの状態から抜け出せるのか……」。その方法を思いあぐねていた私に転機が訪れたのは、1997年2月のことでした。

 サロン経営者の勉強会仲間に誘われ、アメリカの視察旅行に出かけたんです。その時に見学したのが、400坪ほどの広大なフロアにたくさんの美容師が忙しく働く大型サロンでした。20坪の私のサロンとはあまりにスケールが違う、その活気あふれるサロンの雰囲気に心動かされました。「これだ!」と。それまでは5、6人のスタッフでサロンを回していましたが、20人ほどのスタッフを揃えた大型サロンならひとりくらい辞めても問題ない。スタッフの出入りを気にしながら経営を続けることに疑問を抱いていた私にとって、かなり明るい光明が見えた気がしました。そして、決断。「大型サロン経営にシフトする!」。帰国して4カ月後、足立区の綾瀬に65坪、スタッフ20人の大型サロンを開業。これまで会社の内部留保として残してきた1000万円と、銀行からの融資2000万円をかけ、私の新しい挑戦が始まりました。

<創業から20年で約200店舗を開業>
大型サロン&独自のFCシステム戦略が奏功し、3000人のスタッフで年商180億円を稼ぎ出す

 37歳で挑戦した最初の大型サロンは、すぐに結果を出してくれました。初月の月商が1000万円。これまでの4店舗すべての月商と同程度を、1店舗が叩き出したわけです。「いける!」。その勢いに乗り、翌年には、75坪の千葉・松戸店、70坪の柏店、140坪の千葉店とオープンさせ、すべてのサロンが経営的な成功を収めました。20代の時間をすべて仕事に捧げ、30歳で独立し、厳しい紆余曲折を経ながら7年。悩みながらもひとつの方法にたどり着くことができた。地道にコツコツ継続してきた自分のやり方は間違っていなかった。そんな自信がやっと生まれたのがこの頃ですね。以来、私は自分の給料をいっさい上げず、利益のすべてを会社に残し、39歳で3億5000万円をかけて念願の自社ビルを建てました。「小さくてもいい、自分の店を1軒持ちたい」。19歳で東京に来た時の目標を、20年かけて叶えることができたのです。

 次に着手したのが、フランチャイズオーナー制度の導入でした。店舗数を拡大し、新店舗の経営を軌道に乗せるには店長の手腕が重要です。ただし、雇われ店長では売り上げの伸びがそれほど期待できず、さらに、経験だけ積んで独立されたら教育のしがいがありません。だったら最初からオーナーになることを目標に頑張ってもらえばいい。そう考えたわけです。昔から美容業界にのれん分けシステムは存在していました。が、多くの場合、独立したいスタッフに与えられるのは赤字店。それではモチベーションが上がりません。そこで私はまったく逆の発想で、黒字店をオーナーに譲ることにしました。独立したいスタッフは美容師としての腕を高めてまずは店長を目指す。そして売り上げを伸ばし、人材を育成し、一定期間実績を出すことで、愛着あるサロンのオーナーになる。この独自のフランチャイズ・システムがその後の急成長を加速してくれました。

 30歳から40歳までは、経営者として飛躍するための仕込みの期間だったと思っています。そして41歳になった私は、100人の経営者を育てるという計画を立てました。それから10年で、当社のサロンは約200店舗を展開。3000人のスタッフを抱え、年商は200億円に手が届くところまできています。やはり、頑張った店長にオーナーになってもらい、黒字店を譲るという独自のフランチャイズ・システムの導入が一番の成功要因でしょう。現在、高い技術力と豊かな人間性を兼ね備えた40人のオーナーが全国で活躍してくれていますが、中には40店舗を経営し、年収1億円を取るつわものもいるんですよ。彼はまだ34歳ですけど、8年間ずっと休みなく働いています。まだまだ100人の経営者づくりは夢の途中ではありますが、これからも、同じ考えを持って私の目指す未来を理解してくれる仲間、ビジネスファミリーをつくる仕事に注力していきたいと思っています。

トップ

お気に召したらシェアおねがいします