第74回 Yoshida Group 吉田潤喜

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第74回
Yoshida Group 代表取締役会長
吉田潤喜 Junki Yoshida

1949年、京都府生まれ。7人兄弟の末っ子。在日コリアン2世として育つ。片目の失明などのハンディからいじめを受けるが、根性と腕力で大逆転。成長と 共に「ごんたくれ」ぶりを発揮し始める。大学受験の失敗を機に、1969年1月24日、日本脱出だけを目的に徒手空拳で単身渡米。波乱万丈のアメリカ生活 をサバイブした末、自家製秘伝のタレをベースにしたヨシダソース(正式名称:ヨシダグルメのたれ(R))の生産販売を成功させ、アメリカン・ドリームの体 現者となる。米国の中小企業局、Small Business Administration(SBA)が選ぶ全米24社の中に、FedExやインテル、AOL、ヒューレットパッカードなど並んで「殿堂入り」を果たし た。2005年にはNewsweek誌(日本版)「世界で最も尊敬される日本人100」に選ばれる。現在、ヨシダグループとして18社を抱え、グループの 会長職と地元料理番組のレギュラー出演、各地での講演から、日本国内での様々な番組出演・各メディア取材などこなし、世界中を飛び回る日々を送っている。 著書に『人生も商売も、出る杭うたれてなんぼやで』(幻冬舎アウトロー文庫)がある。
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ライフスタイル

宝物

妻のリンダと娘たち。
最愛の妻、リンダと娘3人は、僕の大切な宝物。ちなみに、リンダはブルー、僕はレッドのプリウス。おそろいのマイカーですわ(笑)。長女は結婚して2人の子どもに恵まれた。次女は今、不動産のディーラーやってます。下の子が芸術肌で、大学出た後ハリウッドでも難関といわれるCGの学校で勉強中。それぞれの未来が楽しみです。

趣味

なんと言っても人との‘出会い’ですね。
今、こうしていられるのは、いろんな人に出会って来たからなんですよね。振り返ってみたら、人生の中でこれほど楽しくエキサイティングなことはないと思うとる。まあ、いろんな人がいましたね、仰山。偉そうに言うても、自分の力だけではここまでは来れていない。今になって言えることやけど‘出会い’はわしの趣味ですね。人間一人じゃ何もできまへんで!

社会貢献活動

自宅を子どものための憩いの場に。
今の自宅は、元・由緒あるオートクラブがあった場所。15万エーカー(2万5000坪)くらいの敷地に、6つの建物がある。3人の娘も成人して出て行ったので、妻のリンダとふたりだけで使ってるんです。近くにはサンディー川が流れ、対岸の紅葉の景色も最高。ここをいつか孤児院とか、子どものための憩いの施設として地元に寄附したいと思ってます。僕の恩返しのための人生は、今後もまだまだ続く予定です。

ほっとする瞬間

家族と過ごすひと時。
やっぱり家族と過ごす時間やね。特に長女の3歳と5歳の息子たち、僕の孫たちがめちゃくちゃかわいい(笑)。長女の家族も近くに住んでいるので、毎月1度は一緒に食事してます。僕は娘たちに会社を譲るつもりはいっさいないんだけど、この孫たちに人助けの活動をしてほしいと思ってる。だから、社会貢献の大切さを教えてあげたいんです。