第30回 株式会社ジャパネットたかた 高田 明 3

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<友人との起業を断念し、故郷へ戻る>
機械メーカーを退職し、家業へ入社。観光写真の仕事で天性の才が開眼!

  就職も英語を生かした仕事ができそうだという理由で、京都にある機械メーカーに入社します。希望どおり1年後にはヨーロッパに駐在させていただくこ とになり、さまざまな国で機械を売り歩きました。ドイツを拠点に、ヨーロッパのほとんどの国々に行きましたね。当時、飛行機に何百回乗ったかわからないく らいです。1年弱という短い期間でしたが、英語というひとつの言語を身につけたおかげで、いろんな文化に触れられ、また伝えることができたのです。私の場 合は英語でしたが、何かに熱中することが必ずその後の人生を豊かにしてくれるんですよね。23歳でこのような得がたい経験ができたことを、今でも本当にあ りがたく思っています。先日、お世話になった機械メーカーの当時の社長さんからお手紙をいただきまして、一度お会いしなければと考えているんです。

  と、それほどの恩をいただいた会社なのですが、3年で退社するんですよ。大学時代の友人に、翻訳会社を一緒に立ち上げないかと誘われまして、あっさり。 じゃあやってみようかと。私は本当に気ままな人生を送っているんですね(笑)。その翻訳会社ですが、うまくいくはずないですよね。すぐに立ち行かなくなっ て、立ち消えました。それで私は、いったん生まれ故郷の平戸に帰ることにしたんです。兄も弟も写真の専門学校を出て、地元でカメラ店の仕事をしていまして ね。おりしも白黒からカラー写真に移行し始めた時期でしたし、平戸の観光旅行が盛んなころで、家業はものすごく忙しかった。帰って1週間もしないうちに、 観光写真の仕事を手伝ってほしいと頼まれまして。それで、いつの間にか家業の有限会社に入社し、写真の仕事にのめりこむようになっていったのです。

 観光写真の仕事は私の水に合っていたというか、すごく面白かったですね。旅行者の方々に興味ある会話をすればこちらを向いていただけますから、きちんと顔が映った写真が撮れるんです。そうやって会話しながら夜の親睦会や食事会などの写真を撮って、夜現像した写真を翌日お売りするわけです。銀行、学 校、病院、戦友会、婦人会など、団体旅行のお客様の属性はさまざまですし、どの地方からこられた方かも重要なポイント。撮影した写真は必ず売れるとは限ら ないですから、どんぶり勘定で枚数を焼くんですが、戦友会の方は友人、知人に配るから多めに焼く、あの県から来た方々はあまり買ってくれないなど、当時は 県民性や職業柄の性格などをすごく研究しましたよ。観光写真の仕事は10年くらい続けましたからね。このときに培ったノウハウが、全国の方々に商品を買っ ていただく今の仕事にもきっと生かされているのだと思います。

<ソニーの特約店として独立>
家業の事業拡大に尽力し、独立。ビデオカメラ、カラオケマシンを売りまくる

 長崎の松浦市に営業所を出すことになり、27歳で結婚した私に白羽の矢が。そのころはまだ平戸大橋がかかっていなかったので、1年間くらい夫婦で船 に乗って通勤していました。4坪くらいの小さな店で、営業を始めてみると月55万円の売り上げです。これではダメだと、私は月間の売り上げ目標300万円 を掲げます。1日2万円の日商を、10万円強にするわけですから、それはもう大変な挑戦です。

 現像するフィルムを集 めるために工事現場に営業に行ったり、タバコ屋さんなどの取次店もどんどん開拓していきました。たとえば大手が「明日できます」という看板を出し始めた ら、うちは「今日お渡しできます」という看板を出す。通勤前に取次店にフィルムを出せば、夕方の帰宅時にお渡しできる仕組みをつくる。その実現には集配効 率が大切ですから、すべての取次店の周りにある細かい裏道まですべて覚えましたよ。それでも目標に届かないとなれば、自分が離島に行って旅館などを会場に してカメラを販売する。商品がカメラだけでは集客がおぼつかないので、宝飾品店や衣料品店に協力をあおぎ一緒に売る。それで2日間泊まって売って10万 円、とか。結果、1年を待たずして月商300万円の目標をクリアすることができたのです。

 松浦営業所の後は、佐世保にも進出し、営業所を3店舗に拡大しました。最終的には、1店舗当たりでフィルムが月に1000本くらいまで集まるよう になり、現像しても現像しても追いつかないという嬉しい悲鳴状態。年商で2億5000万円ほどの商売に成長していました。その後私は、1986年に家業か ら独立し、株式会社たかたを設立。ソニーさんの特約店となり、新たな道を歩み始めます。パスポートサイズのハンディカムが発売された時は、月に100台を 販売して九州で3番目の特約店になったんです。

 他店が1000枚のチラシをポスティングするなら、うちは1万2000枚やる。自分や社員はもちろん、おじいちゃんや友だちにも協力してもらい、 ゼンリンの地図を片手にポスティングして回るんですよ。それを手がかりに訪問販売を行い、深夜12時まで駆けずり回って、1日に100万円の売り上げを挙 げたこともあります。本当にできることは何でもやりました。英語の話と同じで、何かを成し遂げたいならそのことに一極集中して取り組むことです。人間は一 所懸命精進してやり続けることで、ほとんどのことは実現できると、私は信じています。

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