第4回 株式会社アイチーム・アイテム代表 俳優 伊原剛志 2

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人間を掘り下げて、追及し続ける仕事。僕の精神的支柱は、生涯、役者であり続けること

 映画、舞台、テレビなど、様々なメディアで様々な役柄を演じる演技派俳優……。お好み焼き店「ぼちぼち」と、大阪に住む韓国人の人達が工夫を重ねて創作し た料理を提供する店「麻布十番・韓すき」を運営し、年商7億円を誇る企業経営者……。そのどちらもが開始以来、伊原剛志氏が真剣に取り組んでいる仕事であ る。18歳、高校卒業と同時に夜行列車で上京してから24年。常に、どうすればいい役者になれるかを考え、周りとぶつかりながら、戦いながら、妥協するこ となく人生を全速力で走り続けてきた。その結果、気が付けば、起業家という役柄も演じるようになっていた。そもそも、高校2年の頃に決めた「役者になる」 という志の背景には、在日韓国人として大阪・生野で育った自分の経験が影響しているのだという。今回は、そんな伊原剛志氏に、俳優、起業家、2つの顔を持 つに至った経緯、大切にしているポリシー、そしてプライベートまで大いに語っていただいた。

伊原剛志をつくったルーツ:大阪編.1
―足りない小遣いを、アイデアと努力で稼ぐ小学生

 大阪・生野という日本で一番在日韓国人の多い街で育ちました。僕自身、在日韓国人三世で、小学校はクラスの生徒の半分が在日韓国人。そんな感じ。小 学生の頃は勉強をしたっていう記憶はほとんどないですね。両親が共働きだっていうのをいいことに、毎日遊びまくってました。運動神経も抜群でしたね。仲間 とビー玉や、メンコやるでしょ、賭けて。こうすれば勝てるって思ったことは全部やってみた。とにかく負けるのが大きらい。だから、一所懸命工夫して、練習 して、勝つ。そして、お互いに賭けたビー玉を相手からぶん取って、たまったら金持ちのボンボンに売る。正月になったら今度は独楽で勝負してぶん取って、ま た売る。相場より少し安くしてね。そうやって足りない小遣いは自分で稼いでましたよ。こういう遊びの中で、工夫すること、努力すること、集中力とか勝負勘 が培われていったんだと思ってます。  中学では勉強はそこそこ。で、部活はできたばかりのラグビー部へ入部。チームは弱くて、ほとんどの試合に負けてた。僕自身の体も今ほど大きくな かったしね。負けず嫌いの僕は、ラグビーを通して負けるっていうことを覚えたんだと思う。僕が副キャプテンだった頃に、部のメンバー6人が警察に補導され た。僕は、「お前ら、なにやってんねん!」って、補導されたメンバーを並ばせて殴りつけた。で、その後、部のメンバー全員が理科室に呼び出されて、国士舘 大学から来ていた教育実習生に、補導されたメンバーが全員ボコボコにされた。その人は確かに無茶苦茶怖かったけど、僕たちに対して常に本気で体ごとぶつ かってくるんです。部活動以外でも、ボーリングに連れて行ってくれたり、なんでも話せた。僕も含め、みんなこの実習生から、“真剣にやる”ってことを教 わったんだと思います。僕が教師になりたいと思うほど、影響を与えてくれた人でしたね。

伊原剛志を作ったルーツ:大阪編.2
―「人間、頑張ったら何でもできる!」を実感した出来事

 高校は、校区で三番目に賢い公立の今宮高校へ。あまり治安の良くない地区のすぐそばで、頭はそこそこだけど、ディープな環境。ベロベロのおっさんが 砂場で寝てたり(笑)。中学の時は学校が大好きだったのに、高校はイヤでイヤで。頑張って勉強して無理して入った学校なんで、がり勉みたいなヤツが多くて 合わなかったんだと思います。一所懸命やったのは、部活動のサッカー。性格的にフォワードと自分では思ってたんですが、先輩から「お前は根性ある顔してる から、ゴールキーパーやれ」、と(笑)。でも、そのおかげかどうか入学時に164㎝だった僕の身長は、3年間で18㎝伸びて、182㎝になりました。

 高校の服装は自由だったんだけど、僕はブカブカのボンタンに中ラン。学ランスタイルなんてほかに誰もいないんですよ、真面目な高校だから。1年生 の時、数学の先生から超簡単な問題を当てられて黒板の前で答えられないことがあった。僕のブカブカのズボンを引っ張りながら、その先生曰く、「こういうの が落ちこぼれていく見本なんですよ」。みんなに笑われた。「くそー、見とけよー!」。どうやったらこの先生をぎゃふんと言わせられるか考えた。負けること が大きらいなんで、僕は。数学だけ必死に勉強して100点を取る。最高の復讐ですよね。で、ある日実際に、答案用紙を返す時に「伊原……、100点」。っ て、その先生の手から、当然って感じで答案用紙をふんだくった時の感覚は今でも忘れてない。次のテストも100点取って、でもその後はずっと赤点。もうど うでもよくなってたから。ここで得られたのは、人間はなんでも頑張ったらできるってこと。このことは、その後の自分の人生において自信を持つ大切な経験に なりました。

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